C-design

京都親水空間-その3堀川

京都親水空間-その3堀川
** 京都の親水空間ーその3:堀川
  蘇った都心の水辺**

  「ほんとや、堀川に水が流れてる!ええやん、昔みたいに
   子らが水遊びできるで。」

  丸太町の橋から堀川を見下ろしながら、おばあちゃん達が
  嬉しそうに話している。

  一条戻橋から押小路までの堀川が、新たに親水公園として先月末に
  市民に開放された。
  今やほとんどの区間が暗渠となった堀川であるが、わずかに
  オープン水路として残されている今出川から御池までの区間
  2キロ余り、コンクリートの川床に一筋の水路しかなかった
  堀川に、せせらぎが回復し、遊歩道となった川床を散策できる
  ようになった。

  木や草は植栽したばかりだから、全体的には人工的な空間という
  印象が強いが、東堀川通りの堤の遅咲きの八重桜がよく花をつけて
  いて、目を楽しませてくれる。
  押小路の上手の堤に古い石積みが使われている。二条城の石垣の
  一部らしい。

  ベンチに座ってせせらぎの流れを眺めていると、地上を走る車の
  騒音は消えて、都心にこんな静かさがあるのか、と驚かされる。
  疎水から引いた水だからか、既に川底に苔がついていて、やがて
  小魚やもしかするとホタルも棲みつくかもしれない。

  散策路の起点である一条戻橋は、平安京造成のときに架けられた。
  当時の御所は現在地より西、堀川をはさんで西にあった。一条戻橋は
  御所からすると北東の鬼門にあたる。そういうことから、一条戻橋は
  都の内と外の世界をつなぐ橋であり、この世からあの世へ出てゆく橋と
  扱われていた。怪奇伝説もあり、秀吉に切腹させられた千利休の木像が
  晒されたのもこの橋のたもととされている。
   堀川をはさんで西側に清明神社がある。ここに架け替える前の橋の
   部材を使った戻橋のミニチュアと、そこに阿倍清明に封じられた
   式神の像が置かれている。
   
  そうした歴史が眠っている一条戻橋であるが、今は、幹線道路である
  堀川通りのなかで誰もそれと気づかない平凡な小さな橋の一つだ。
  が、この散策路によって、長い眠りから覚めたかもしれない。想像力
  豊かな作家の手によって、一条戻橋が平安の世と現代の世とをつなぐ
  橋となって登場するとき、京都に新たな異次元空間が誕生することに
  なるかもしれない。そういう夢想を誘う新な親水空間である。

   堀川は、平安京が造営に使う材木運搬のために開削された古い
   運河だ。近世になって西陣が織物の町として繁栄するが、堀川の
   水は、西陣の友禅染に使われた。
   そういう堀川の流れが昭和30年代になくなった。堀川は街なかに
   降った雨水が流れ込む下水路の役割を担っていた。ところが、水害
   対策として大規模下水道の整備が進んでくると、堀川を流れる水が
   なくなったのだ。今では、堀川の地下には6メートルの下水管が
   入っていて、大雨のときはここが貯水槽の役割をして下水処理場が
   オーバーフローするのを防ぐ仕組みになっているようだ。

   新しいせせらぎは、第二疎水分水から引いた水を流している。
   サイフォン技術を使って加茂川を下越しし、紫明通りを経て堀川通
   今出川に導いたものだ。このような大規模水辺整備事業が実現できた
   のは、堀川を蘇らせたいという市民の熱意があり、これを受けた
   行政が計画に反映させるという、市民参画型の行政の成果だろう。
   ⇒http://www.city.kyoto.jp/kensetu/kasen/kankyo/horikawa/

    木村隆之

QRCODE